ここのところずっと、文庫「見仏記6」を通勤途上に読んでいる。
面白いのでついじっくり読んでしまうのと、途中で笑いそうになるので何度も読むのを中断するので、まだ読み終わらない。
今日は、みうらさんが、若めの造りの役行者の像を「ヤングエンノ」と呼んだところでニヤニヤしていまい中断。
ありがたい仏様、仏像に対して、ギラギラとした視線を遠慮なく浴びせ、興味本位で近づき、あげくの果てに「ヤングエンノ」。
しかし、これを「不謹慎」と言うだろうか?
みうらさんといとうさんのお二人には、心底からの「愛」がある。
愛があるから、愛が溢れる。
ふと思ったのだが、小学校や中学校や、あるいは高校の、歴史や社会科の勉強って、本来、ここを目指すべきものなのではなかろうか?
古来からの物事の、カッコよさ素敵さ美しさを興味本位でよいから、不謹慎だっていいから、どんどん近づく。
良い点ばかりではなくて、ダメな点があるなら、そこんところもどんどん近づく。
そうしているうちに、きっと至るのだ、深い深い愛に。
…いやね、「ヤングエンノ」だなんて、笑ってしまうからもう困ったよ、というだけのハナシ。
面白いのでついじっくり読んでしまうのと、途中で笑いそうになるので何度も読むのを中断するので、まだ読み終わらない。
今日は、みうらさんが、若めの造りの役行者の像を「ヤングエンノ」と呼んだところでニヤニヤしていまい中断。
ありがたい仏様、仏像に対して、ギラギラとした視線を遠慮なく浴びせ、興味本位で近づき、あげくの果てに「ヤングエンノ」。
しかし、これを「不謹慎」と言うだろうか?
みうらさんといとうさんのお二人には、心底からの「愛」がある。
愛があるから、愛が溢れる。
ふと思ったのだが、小学校や中学校や、あるいは高校の、歴史や社会科の勉強って、本来、ここを目指すべきものなのではなかろうか?
古来からの物事の、カッコよさ素敵さ美しさを興味本位でよいから、不謹慎だっていいから、どんどん近づく。
良い点ばかりではなくて、ダメな点があるなら、そこんところもどんどん近づく。
そうしているうちに、きっと至るのだ、深い深い愛に。
…いやね、「ヤングエンノ」だなんて、笑ってしまうからもう困ったよ、というだけのハナシ。
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