本屋さんで市川崑監督特集コーナーが組まれていて、映画「ぼんち」の原作である山崎豊子作品の小説「ぼんち」が置いてあったので立ち読み。
おもしろいなー。
「ぼんち」にはずいぶん前から心惹かれながらも、映画も小説もまだ見ていないし読んでいない。
すごく面白そう。上方の「ぼんち」と女たちの物語。
好きなタイプの物語。
今の時代、どんな裕福な人でも、こうした、本当の意味での遊び人というか「ぼんち」は居ないのだろうなぁ。
今の時代の観点からすれば、一種のろくでなしではあるけれども、こうした人々が、少し高尚な言い方をすれば「文化」を担ってきた部分は否めないと思う。
だからといって、さぁみんな、小金(こがね)が手に入ったら、遊ぼ☆と推奨するわけではない。
きっと、遊ぶってのは、無理なのではないかしら。
遊び方を知らないから。考えたこともないだろうから。
遊びの文化が失われてゆくのは、とても惜しい。
映画や小説の中だけのファンタジーとなりつつある。
いや、もはやファンタジーだとさえ、感じないのではないかしら。
美しいじゃないですか。ろくでなくて、みもふたもなくて。
でも、そんなふうに感じるのは、現代人のそれこそファンタジーでしかないのかもね。
泣いた女も男もたくさんいて、結局、全ては愚かなことで、悲しみだけが残ったのかもしれない。
おもしろいなー。
「ぼんち」にはずいぶん前から心惹かれながらも、映画も小説もまだ見ていないし読んでいない。
すごく面白そう。上方の「ぼんち」と女たちの物語。
好きなタイプの物語。
今の時代、どんな裕福な人でも、こうした、本当の意味での遊び人というか「ぼんち」は居ないのだろうなぁ。
今の時代の観点からすれば、一種のろくでなしではあるけれども、こうした人々が、少し高尚な言い方をすれば「文化」を担ってきた部分は否めないと思う。
だからといって、さぁみんな、小金(こがね)が手に入ったら、遊ぼ☆と推奨するわけではない。
きっと、遊ぶってのは、無理なのではないかしら。
遊び方を知らないから。考えたこともないだろうから。
遊びの文化が失われてゆくのは、とても惜しい。
映画や小説の中だけのファンタジーとなりつつある。
いや、もはやファンタジーだとさえ、感じないのではないかしら。
美しいじゃないですか。ろくでなくて、みもふたもなくて。
でも、そんなふうに感じるのは、現代人のそれこそファンタジーでしかないのかもね。
泣いた女も男もたくさんいて、結局、全ては愚かなことで、悲しみだけが残ったのかもしれない。
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